大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 平成6年(ネ)205号 判決 1995年9月25日

控訴人

安田生命保険相互会社

右代表者代表取締役

大島雄次

控訴人

共栄火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役

鈴木秀治

右二名訴訟代理人弁護士

江口保夫

藤山薫

豊吉彬

江口美葆子

山岡宏敏

被控訴人

衞藤章央

衞藤由紀子

衞藤孝子

右三名訴訟代理人弁護士

宇都宮嘉忠

主文

一  原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らの請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文同旨

第二  事実関係

次に補正するほか、原判決の事実適示のとおりであるから、これを引用する。

一  三枚目裏六行目の「自動車交通事故等の不慮の事故により」を「不慮の事故(自動車事故等)による傷害を直接の原因として」に、四枚目表六行目の「被保険者」を「被保険自動車の運転者(被保険者)」に改め、同一〇行目の「搭乗者」の後に「(被保険者)」を加え、同枚目裏二行目の「交通事故を「保険事故」に改める。

二  五枚目裏五行目の「死亡した」の前に「脳梗塞で」を加える。

第三  判断

一  請求原因1(本件生命保険契約の締結)及び同2(本件自動車保険契約の締結)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因3(保険事故の発生)について

1  請求原因3の(一)ないし(三)の各事実、(四)のうち、由章が昭和六三年八月一日に脳梗塞で死亡したことは、当事者間に争いがない。

2  証拠(甲一〜六、七の1・2・6・7、八、九ないし一一の各1〜3、一二〜一九、乙五〜八、一二、一八の1〜4、一九、二三、証人筒井英太、同岡田富朗、同政本幸二、同西岡宏之、被控訴人衞藤孝子本人、認定事実中に括弧書きの証拠)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 現場の状況

本件の追突事故現場は、アスファルト舗装の平坦な直線道路(車道幅員八メートル、片側一車線)上であり、最高速度が時速四〇キロメートルに規制されている。なお、事故現場は、追突地点手前約七〇メートル付近より衞藤車の進行方向左方にゆるやかにカーブしている(乙二二)。

(二) 事故の態様

由章(高校教師)は、テニスの試合に出場する生徒を衞藤車に乗せて、本件の追突事故当日早朝松山市を出発し、高松市内のグランドまで送った後、帰宅するため衞藤車を運転し、松山市方面に向かって西進中、事故現場手前の前記(一)のカーブを曲がり、時速約六〇キロメートルで事故現場の直線道路にさしかかった際、折から渋滞のため低速度で前方を進行していた大山車に衞藤車が左にずれて追突した。その後、衞藤車は、中央線をまたいで停車した大山車の左側を通過し、右の追突地点から二一メートル進行した地点で、後記大型自動車の停車に伴い停車した直後の十鳥車左後部に追突し、その衝撃で前方に押し出された十鳥車は、その9.8メートル前方で停車していた植野正則運転の大型自動車に追突した。衞藤車は、十鳥車に追突した地点から一メートル前進して歩道寄りにほぼ平行に停車した。ところで、事故現場に衞藤車のスリップ痕はなかった(乙五)。なお、由章は、運転歴が長く、運転態度も慎重で、交通違反は、昭和四八年ころ、速度違反で反則金を納付した程度である。

(三) 車両の破損程度

衞藤車は、ワゴン型の車両(全長4.35メートル、全幅1.69メートル、全高1.94メートル、重量一四三〇キログラム)であり、本件事故により、高さ五〇ないし一八〇センチメートル部分が衝突し、フロント・パネル中央部がへこみ、フロント・バンパー右端部が破損し、右前照灯付近がへこむとともに前面ガラスが割れた。なお、前面ガラスの破片は、車の内外に存在する(乙一四)。大山車(前長4.44メートル、全幅1.69メートル、全高1.74メートル、重量一五七〇キログラム)は、後部中央やや左側のバック・ドアパネルの上部から下部に凹損が生じ、また、十鳥車(全長3.99メートル、全幅1.64メートル、全高1.39メートル、重量八七〇キログラム)は、後部左側と左前部がへこんだ。

(四) 追突後の由章の状況

由章は、当日午後二時五〇分ころの追突後も、車内の運転席で汗をかきながら座り続け、関係者に促されて下車した。事故現場には、坂出警察署の外勤巡査の政本幸二が同日午後三時五分ころ到着した。その後到着した同警察署交通係巡査部長西岡宏之が同日午後三時一五分ころから実況見分を始めた。由章は、警察官に申し出て、小便をしようとしたが、ズボンの中に失禁した。これを見た警察官は、由章に異常があるものと考え、救急車の出動を要請し、その間に由章に事故の状況につき聴取したところ、由章は、「知らん。」とだけ答えた。

(五) 由章の治療状況

由章は、当日午後三時五五分ころ、救急車で坂出市立病院に搬送されたが、ほとんど昏睡状態であり、呼び掛けにも応じなかった。当時、由章の上肢下肢ともに動いており、麻痺状態は出現していなかった。由章を診察した同病院外科の岡田富朗医師は、救急隊員から本件事故状況につき「由章がブレーキを掛けず追突事故を起こし、フロントガラスが破損していた。」と聞き、由章に意識障害があったことから、初診当時、由章の頭部に外傷がなく、頭部のレントゲン写真やCT検査に異常はなかったものの、頭部打撲・脳挫傷の疑いと傷病名を診療録に記載した。同日午後一〇時三〇分ころ、同病院に駆けつけた被控訴人衞藤孝子が、由章の看護についたが、その際現認した由章の外傷は、左膝の擦過傷だけであった。翌二二日行われたCT検査の結果、由章の左中大脳動脈領域に急性脳梗塞の所見があり、失語症、右半身麻痺が見られ、脳梗塞の診断がなされた。また、その際のレントゲン検査の結果、由章の心臓が健康人に比較して大きく映し出され、心電図検査では、心房細動の発作の存在が認められた。由章は、同月二五日から、同病院の内科で治療を受けたが、肺炎を併発し、同月二八日に脳死状態となり、同年八月一日に死亡した。

(六) 本件追突事故以前の由章の健康状態

由章は、身長一七四センチメートル、体重九五キログラムで、本件事故以前は、特に身体に異常を訴えたことはなかった。

3 そこで、由章が本件の追突事故により外傷性脳梗塞の傷害を負った事実について判断する。

原審における鑑定によれば、帝京大学医学部教授である石山昱夫は、(一) 臨床経過からの分析では、由章の脳梗塞が外傷性脳梗塞か内因性脳梗塞か判定できないとしながら、(二) 事故現場からの分析(本件における交通事故の再現)から、①本件の追突事故によって、由章に外傷性脳梗塞が発生する可能性は十分にある、②本件の追突事故と由章の死亡との間には、追突事故がなければ比較的稀に発生する外傷性脳梗塞といった状態が生じ得なかったという程度の因果関係を認めても一般医学的にはさしたる不合理はなかろう、と判断し、その根拠として、由章は、大山車に追突時には意識があり、シートベルトを着用せずに、衞藤車を運転していたから、大山車に追突時、反射的に顔を左に背け、右側頭部がフロントガラスに衝突し、左側頚部が伸展して頚動脈損傷等を惹起し、その結果、左中大脳動脈領域に外傷性脳梗塞が発生したことを推認できること(なお、追突事故当日とその翌日のCT検査を対照すると、事故当日、由章の右側頭部に上下径約五センチメートルの「こぶ」があったことがうかがわれること)を示す。

しかしながら、その根拠事実を肯認することができない。

(一)  石山鑑定は、由章のシートベルト不着用を前提とし、証人西岡宏之(前示2(四)のとおり、本件の追突事故当日事故現場の実況見分をした警察官)は、現場に到着し、まだ衞藤車の運転席にいた由章を見たとき、由章はシートベルトをしていなかったと証言する。しかし、証人政本幸二(前示2(四)のとおり、西岡証人よりも先に現場に到着した警察官)は、由章らの事故当事者は、全員車外に出ており、交通のじゃまになってはいけないので、衞藤車を本件事故現場南側の駐車場に移動させた旨証言する。また、株式会社損害保険リサーチの担当者が昭和六三年八月二日面談の上大山数男から聴取した調査報告書(乙八)によれば、大山は、追突後由章が下車しなかったので、由章を促して下車させたが、由章はシートベルトを着用していたと述べており、さらに、株式会社保険連合サービスセンターの担当者が本件の追突事故の目撃者である蓑田照夫から聴取した報告書(乙七)によれば、蓑田は、追突後由章は運転席でボーッとしており、追突された相手方が降りてくるよう言ってしばらくしてからのろのろと降りてきたと述べている。これらの証言等に照らして、証人西岡宏之の前記証言は、そのまま信用することができず、他に由章のシートベルト不着用の事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ、前示2(五)のとおり、坂出市立病院での初診時由章の頭部に外傷がなかった事実に照らすと、前掲の乙八の供述記載は信用できる。この乙八によれば、本件の追突事故当時由章はシートベルトを着用していたものと認められる。

(二)  石山教授は、大山車に衞藤車が左にずれて追突したから、由章が大山車に追突時意識がなかったのであれば、衞藤車は右前方に向かうはずであるのに、左前方に向かったのは、由章が大山車に追突時意識があり、とっさに左にハンドルを切ったことを如実に物語っていると判断する。しかし、大山車に衞藤車が左にずれて追突した場合、大山車に後ろから加わる衝撃力は大山車の重心を左に外れるから、大山車には、進行方向に対して右に向く衝撃力が加わり、大山車は、右斜め前方に向かい、衞藤車には、その反作用として、進行方向に対して左後方に向く衝撃力が加わって、追突後の衞藤車は左斜めに進行することになることは、事故の工学的解析上明らかである(乙二三の九頁参照)。ゆえに、由章が大山車に追突前に意識障害があって追突時ないし追突直後何らの措置をとらなくても、追突後の衞藤車は左斜めに進行するのであるから、追突後の衞藤車が左斜めに進行した事実から、由章が大山車に追突時意識があり、とっさに左にハンドルを切ったものと推断することはできない。むしろ、前示2(二)のとおり事故現場に衞藤車のスリップ痕がなかった事実によれば、衞藤車は、ブレーキを掛けることなく大山車に追突し、その後もブレーキを掛けることなく二一メートル走行して十鳥車に追突したことを推認することができ、このような由章の正常でない運転状況(単なる居眠りや脇見運転ならば、何らかの措置がとられるものと考えられる。)からすると、大山車追突前に由章に意識障害が起こり、その結果、ブレーキを掛けることなく追突に至ったものと判断し得る余地が少なくない。したがって、石山教授の右判断はたやすく採用することができない。

(三)  なお、石山教授が追突事故当日とその翌日のCT検査を対照して、事故当日、由章の右側頭部に「こぶ」があったことがうかがわれるとしている点については、乙一一(山形大学医学部教授鈴木庸夫作成の「鑑定書」と題する書面)、乙一六(順天堂大学医学部講師乾道夫作成の「意見書」と題する書面)によれば、「こぶ」のように見えるのは、当日と翌日のCT検査の際、その断面の撮り方が異なったため、「こぶ」のように見えるだけで、「こぶ」ではないと判定していること、及び、前示2(五)のとおり、坂出市立病院での初診時由章の頭部に外傷がなかった事実に照らし、石山教授の右判断を採用することができない。他に本件の追突事故によって由章が頭部を打撲した事実を認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであるから、原審における鑑定は、これを採用することができず、他に本件の追突事故により由章が外傷性脳梗塞の傷害を負った事実を認めるに足りる証拠はない。

三  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人らの請求は理由がないから棄却すべきである。しかるに、右請求の一部を認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由がある。

(裁判長裁判官 渡邊貢 裁判官 豊永多門 裁判官 豊澤佳弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例